たとえば胸騒ぎ

私を構成するいくつかの、あの時と今とこれからと。あるいはそのカケラ。

ニオイ

 

こどもの頃

年寄りは怖かった。

 

得体の知れない

のような気配を

常に漂わせている怖さ。

 

その恐怖の原因に

もし

名前をつけるとしたら

それは間違いなく

「死」だ。

 

「死」というものが

人生最大の謎であるこどもにとって

大好きなおじいちゃんおばあちゃんから発せられる

その独特のニオイに

恐怖の原因がなんだか分からないなりに

動物的な勘で

死の気配を嗅ぎとっていた。

 

理由の分からない恐怖。

 

こどもの頃は

そんな恐怖が

日常のあちこちにあった。

 

ある夜

ふと目が覚めると

隣で一緒に寝ているはずのおばあちゃんがいない。

 

広い古い暗い家で

たったひとりの自分を認識する。

 

おばあちゃんがいない世界。

 

こんな世界は知らない。

 

壁にかかった額縁の中の絵が

うすぼんやりと光る。

 

これは

こないだ見た

怖い夢の続きなんだろうか。

 

何かが今にも飛び出して来て

私をどこか知らないところへさらっていきそうだ。

 

怖いよ怖いよ怖いよ。

 

おばーちゃんおばーちゃんおばーちゃんおばーちゃん。

 

呼んでもおばあちゃんは

どこにもいない。

 

離れで寝ていたおじいちゃんの寝間まで走る。

夜の外は静か。

 

おじいちゃん、おばあちゃんがおらん。

 

寝ていたおじいちゃんが

やさしく教えてくれる。

 

おばあちゃんは

ともだちのところに出かけとんじゃ。

 

なんだよー。

そんなの知らないよー。

言っといてよー。

 

なんのことはない。

 

近所に出かけていただけのおばあちゃんは

そのあと

野菜だかなんだかをもらって

鼻歌まじりに帰ってきた。

 

もう。

ごめんじゃないよ、おばあちゃん。

 

だけど

夜の中から戻って来たおばあちゃんは

私の知らない顔を持つ

もうひとりのおばあちゃんのようだった。

  

夜には

吸い込まれそうな暗闇の恐怖以外に

私の知らない楽しい何かがあるのか。

 

大人だけがそのチケットを持つ魅惑の世界。

 

夜と大人の不思議。

 

 

ある程度

引っ越しも少し落ち着いて

新しい暮らしにも慣れてきた。

 

ひさしぶりに

親と住む。

 

思い返しても

親と住んだ時間は案外短い。

 

あとどのくらい

一緒にいられるのか。

 

リビングに行くと

テレビを見ながら寝落ちをしてしまった親が

隣の寝室の扉を開けたまま

寝息をたてていた。

 

生温い部屋。

 

ふと

こどもの頃に嗅いだニオイがした。