たとえば胸騒ぎ

私を構成するいくつかの、あの時と今とこれからと。あるいはそのカケラ。

満月の夜はだいたい雨

 

仕事で

大勢の人が集まる場所に行く必要があった。

 

その日

与えられ期待される役割を

礼儀正しく

笑顔でやりきった。

 

でも

気持ちがダメだった。

モヤモヤが止まらない。

 

かつて

大勢の人が苦手

自分のやりたいことしかやりたくない

なんて言ってられない状況に迫られ

女優スイッチを入れた。

 

カチッと

確実に入れた瞬間があった。

 

その時から

求められる役割を

片っ端から

演じ分けられるようになった。

 

もう

随分長いこと

そうしてきたし

女優スイッチを入れていたからこそ

色んな経験ができた。

 

それは間違いない。

 

女優スイッチが

私を救った。

 

でも

もういいかな

この頃思う。

 

そして

ここ数年

女優スイッチをOFFにする時間が

少しずつ

少しずつ

長くなってきた。

 

他人の感情の波が

あちこちから押し寄せてくるのを

受け止めきれず

正直

参る時もある。

 

笑顔のかたちに固まった顔面の筋肉を

悟られないように揉みほぐしながら

心は逃げ場を探してる。

 

そして唱える。

平常心、平常心。

 

鈍感さは

その場をやり過ごすことに効力を発揮するけれど

小さな編み目から漏れ出して濾過しきれなかった感情は

どこに在るんだろう。

 

生きるのに不器用だけど

自分の気持ちに正直でいられた頃の自分。

 

女優スイッチを入れた時

あの頃の自分は

決して失わない

いつか必ず戻ると

自分に誓った。

 

電車の人混みの中で

車を走らせる高速道路の上で

知らない町の知らない場所で

思い出しては

お守りのように

その想いをそっと抱きしめて

私は女優

自分を奮い立たせてきた。

 

20年以上経って

今また

ゆるやかに

確実に

あの頃の不器用な自分に戻りつつある。

 

意識的に。

 

だからこそ

この感情なんだな

ベランダに腰掛けて雨を見てたら

ふと

気がづいた。

 

行きつ戻りつしながら

あの頃より

少しだけ強くなった理想の自分になるための

懐かしい痛みを思い出す移行期間。

 

平行世界にいるかもしれない

別の自分を羨んだりはしない。

 

自分の物語は自分の手で。

 

天気予報に反して降り出した日中の雨が嘘のように

風の速度で

ゆっくりゆっくり

月光に滲んだ雲が散って

懐かしい未来へ手招きするように

眩しく

全てはお見通しよ

38万キロ先からまっすぐ見つめてきて

目を逸らせなかった

昨夜の満月。

 

その時

月と私を遮るものは何もなかった。

 

誰にも似てなくていいんだよな。

 

ブレない強さ。

 

そして覚悟。

 

なんだか

今日の雨音は優しく響く。