たとえば胸騒ぎ

私を構成するいくつかの、あの時と今とこれからと。あるいはそのカケラ。

声の便り

 

懐かしい友人たちから突然の連絡。

それが

こんなにも嬉しいなんて。

最高のプレゼントだ。

 

興奮した心を落ち着かせるために

タバコを吸ってみたり

手を洗ってみたり

テレビをつけては消してみたり

意味もなく部屋の中をうろついてみたり。

 

その人たちの声を聞くだけで

会っていなかった時間も距離も

あっという間に縮むようだ。 

 

懐かしい人たちの声には

そんな破壊力がある。

 

まだドキドキしてる。 

 

 

 

スイッチ

  

つまんない大人がいるもんだ。

 

自分で考えないで他人に答えを求めてばっかとかも。

 

あぁ

ヤダヤダ。

 

ヤなのは

その人たちじゃなくて

そんな考えに囚われてる時間や

そんなことを考えちゃうモード。

 

気持ちがささくれてモヤモヤしてしまう時は

好きな音楽を聴くに限る。

 

一瞬で次元が変わる音楽の力。

 

 

  

 

大切を思う

 
大切なものかどうかなんて

その時にはわからないことがほとんどかもしれない。

 

ただただ

無我夢中に前だけを見て突き進んで

大切なものがなんなのかとか

大切にする方法とか

そんなの全然わからなかった。

  

世界は知らないことだらけで

その未知のものに

できるだけたくさん触れたくて

そのためには

たくさんのさよならが必要だった。

 

そして

手放してきた大切なものを思い出すとき

いまだに胸がズキンとなる。

 

そして思った。

 

失くした大切なものがあるからこそ

それを忘れないように

そして

新しい私に似合う大切があることを信じているから

こうして

私は今日も生きているんだと。 

 

 

  

お先にどうぞ

色々やることを無事に終えて駅へ。

同じ目的地に向けて
3分差で発車する電車がふたつ。

なんとなくの気分で
3分後に発車する各駅停車の電車を選んだ。
早く帰りたいな
なんて思いながらも
ホント
なんとなく反射的に。

目的地への到着予定に
約40分くらいの差があることは
乗り込んでから分かったことだった。

各駅停車のその電車は
停まる駅々で
後からくる電車を次々と
お先にどうぞ
と静かに見送る。
のんびりしたもんだ。

きっと
同じ目的地へ到着するのが遅いと分かっていても
時間をゆっくり過ごしてみたい
そんな気分の今日だったんだろう。
たまにはそんな日もある。
読んでる本の影響かな。

久々につけたピアス。
穴は塞がっていなかった。

突然の通り雨に濡れた服も乾いた帰路。
天パの髪はグリグリだけど。

何気ない日常。

目的地に向かって電車は進む。

言いたいことがまとまらないまま
私を乗せた電車は進む。

ま、いっか。


予感

 

さっきから

不思議な胸騒ぎがしている。

 

今朝は

以前よく聞いていた音楽を聴いている。

 

ボーカルの方は若くして亡くなっていて

その美しい声を久しぶりに聴きながら

もっともっと歌いたかっただろうな

なんてことを考えていたら

胸がざわざわしてきた。

 

私は生きている。

今生きていて

自分が自分にジャッジさえしなければ

やりたいことは何でもできる。

私の脳を時々占領するしょうもないこととか

ものすごくちっぽけなことに思えてきた。

  

最近はやたら

部屋の模様替えとか

片付けやら掃除に精を出したいモード。

家も頭も心も身体も仕事も情報も色々と整理整頓中。

まるで

次への準備をしている調整期間のような1ヶ月だった。

 

今のところに引っ越してきて

ちょうど1年が経った。

ここにもやっと慣れてきて

少しずつ視界がひらけてきた実感。

  

何かが変わる。

変わろうとしている。

ゆっくりだけど確実に。

そんな予感をはらんだ胸騒ぎの朝。

  

  

 

見えなくてもそこに在るもの

 

吐き出したタバコの煙が

差し込む光に輪郭をつくった。

光を追いかけて

物干し台に続く階段を見上げたら

小さくいびつに切り取られた青空に飛行機が飛んで

雲の筋を白く描いていた。

 

世界は美しいんだなと思った。